ばけばけの時代、怪談は本当に流行っていた?本・人気・読み方のリアル
朝ドラ『ばけばけ』では、怪談が何度も登場します。幽霊、祟り、土地に残る因縁──現代の感覚だと「そんなに怪談ばかり出てくるもの?」と感じる人もいるかもしれません。
結論から言うと、ばけばけの時代である明治20年代(明治20〜25年/1887〜1892年)に、怪談は非常に身近で人気のあるジャンルでした。しかもそれは、子ども向けではなく、大人の知的娯楽でもあったのです。
明治20年代(1887〜1892年)、怪談は
・本として読まれ
・人づてに語られ
・土地の記憶として共有される
ごく一般的な文化だった。
怪談の本は本当にたくさんあったのか
怪談は、明治になって突然生まれたものではありません。土台は江戸時代からすでに存在していました。
江戸時代後期(18世紀後半〜1868年)に確立していた怪談文化
江戸後期には、いわゆる「百物語系」に代表される怪談集が数多く出版されています。短い話を大量に集め、挿絵とともに読む形式は、当時の定番娯楽でした。
これらは、現代でいう短編集やオムニバス作品に近く、「一話だけ読む」「人に話すために覚える」といった使われ方をしていました。
明治時代(1868年〜)に起きた再ブーム
明治に入ると、活字印刷が普及し、江戸時代の怪談が「読みやすい文章」として再編集されます。さらに、
- これは事実なのか
- 迷信ではないのか
- 文明開化と矛盾しないのか
といった視点が加わり、怪談は単なる怖い話ではなく、議論や考察の対象にもなっていきました。
明治時代は「科学と迷信」「理屈と感情」がせめぎ合う時代。
怪談は、その境界にある格好の題材だった。
怪談はどれくらい人気だったのか
怪談は、一部の好事家だけの趣味ではありませんでした。
- 夏の夜の娯楽
- 酒の席での話題
- 人を集めるための語り物
として、大人たちに広く楽しまれていました。特に「怖い話をして涼を取る」という感覚は、江戸から明治にかけて連続しています。
怪談は「信じるための話」だけではなく、
「語って盛り上がるための話」でもあった。
信じるかどうかは、必ずしも重要ではなかった。
みんなはどうやって怪談を読んでいたのか
現代のように「一人一冊で静かに読む」読書スタイルは、当時は一般的ではありません。
本は買われていたが、全員が買っていたわけではない
明治20年代(1887〜1892年)、本は今よりずっと高価な存在でした。怪談本も例外ではなく、新聞と同じく「嗜好品」に近い位置づけです。
回し読み・貸し借りが前提
一冊の本を、
- 家族で回し読む
- 知人から借りる
- 本屋で立ち読みする
といった形で共有するのが一般的でした。
音読と語り直しが怪談の本質
怪談は特に、声に出して読まれ、人に語られました。本に書いてある内容そのものより、「どう語られるか」が重要だったのです。
怪談は「読むもの」であると同時に、「聞くもの」「語るもの」だった。
怪談は土地に強く結びついていた
怪談の大きな特徴は、土地との結びつきです。
- あの橋
- あの祠
- あの家
具体的な場所が語られることで、怪談は一気に現実味を帯びます。その土地を知っている人ほど、話は怖くなる。
ばけばけで描かれる「この町に伝わる話」という形は、怪談として最も王道です。
全国共通の怪談はあったのか
ありました。有名な怪談は、
- 本
- 芝居
- 講談
を通じて全国に広がります。ただし重要なのは、全国ネタであっても、語られる際には土地仕様に変化することです。
「この村にも似た話がある」「実はここが元だ」という形で、全国怪談は各地に吸収されていきました。
全国怪談と地域怪談は対立しない。
全国ネタは、各地で「自分たちの話」に作り替えられていった。
なぜ、ばけばけの時代に怪談が多く感じられるのか
理由は主に三つあります。
- 文明開化による価値観の揺れ
- 科学で説明できないものへの不安
- 活字と語りの相性の良さ
怪談は、不安を刺激しつつも、語ることで整理できる存在でした。だからこそ、新聞・本・人づて、すべてのメディアと相性が良かったのです。
明治20年代(1887〜1892年)、怪談は特別なジャンルではなかった。
本として読まれ、声に出して語られ、土地の記憶として共有される。
『ばけばけ』に怪談が多く登場するのは、当時の空気を忠実に反映している。


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