【ばけばけ】洋食はいくら?明治23年の食文化

明治23年(1890年)頃の和食と洋食を描いたイラスト。そばや寿司などの日常食と、洋食店で供される肉料理や洋酒が、同じ時代の異なる食文化として表現されている ばけばけ
歴史背景の解説

朝ドラばけばけでは、白鳥倶楽部のような洋食店でビフテキやワインが供される場面が描かれます。
一方で、トキの実家では、しじみ汁を中心とした土地に根ざした食卓が描かれています。

ここで押さえたいのは「どちらが高い/安い」という比較ではなく、
明治23年(1890年)前後の日本に、異なる食文化が同時に存在していたということです。
食べる場所が変わると、料理だけでなく、作法や空気、会話のしかたまで変わる――
ばけばけの食の描写は、その差を背景として丁寧に使っています。

この記事で分かること
  • 明治23年(1890年)ごろ、松江の外食はどのくらい生活にあったのか
  • そば・寿司など和食の外食が担っていた役割
  • 洋食(ビフテキ・ワイン)が「特別な場」に見える理由
  • トキの実家のしじみ汁が示す、土地の暮らしのリアル
  • 当時の価格はどう見ればいいか(断定せず、現在価値の目安も併記)

明治23年(1890年)の松江|外食は「日常の補助」として存在していた

明治23年(1890年)前後の松江は、城下町としての骨格を残しながら、
学校・新聞・郵便など近代の仕組みが少しずつ暮らしに入り込んでいく時期です。
食生活の中心は家庭にあり、外食は現代のように「毎日外で食べる」形ではなく、
用事の途中に立ち寄る・人に会う・仕事の区切りといった場面で使われやすい存在でした。

外食をイメージしやすくする前提

明治23年(1890年)の外食は、家の台所を置き換えるものというより、
町の動き(仕事・用事・付き合い)を支える仕組みとして理解すると、ズレが少なくなります。
その上に、洋食という新しい層が「別の空気」をまとって重なっていきます。


松江で外食文化は栄えていた?|「和食の外食」と「洋食の外食」を分けて見る

「松江で外食文化は栄えていたの?」という問いは、二つに分けると考えやすくなります。
ひとつは、そば・寿司など和食の外食が町に定着していたか
もうひとつは、洋食のような外来文化が広く浸透していたかです。

前者(和食の外食)は、城下町・商業町として人が動く町であれば自然に成立します。
短時間で腹を満たし、用事を続ける必要があるからです。
一方で後者(洋食)は、材料・調理・器・空間・接客・言葉づかいまで含めて
“慣れた外食”とは別の文化になりやすく、町の中でも限られた場面で体験される層だったと考えるのが自然です。

もし「洋食が珍しいなら、ドラマの描写は盛りすぎでは?」と感じたら、
珍しさは“店の数”だけで決まりません。
たとえ店が少なくても、そこに入れる人・入る理由が限られていれば、
洋食は十分に「特別な文化」として体感されます。


そば・寿司は「町の食」|日常に近い外食

そばやうどんは、短時間で食べられ、腹持ちがよく、比較的手が届きやすい。
そのため、仕事の途中や用事の合間に立ち寄る「町の食」として機能しやすい存在でした。
寿司もまた、現代の高級料理というイメージだけでは捉えきれません。
屋台や町の店、出前など形態が幅広く、
日常より少し特別だが、遠すぎない外食として存在していたと考えると、イメージが合いやすくなります。


洋食(ビフテキ・ワイン)は「料理」よりも「場の文化」が主役

白鳥倶楽部のような洋食の場が特別に見えるのは、料理の内容だけでなく、
食べ方そのものが体験になる空間として描かれるからです。
テーブル、椅子、ナイフとフォーク、グラス。
注文のしかた、店員とのやりとり、食べる所作――
そうした“慣れ”が必要な要素が、洋食を非日常の文化に見せます。

洋食が特別に感じられる理由は、値段だけではありません。
「どう振る舞えばいいか分からない」「間違えたくない」という緊張そのものが、
その場を一段上の空気にします。
ばけばけの洋食シーンは、その“場の圧”を背景として効かせているように見えます。


トキの実家のしじみ汁|質素ではなく「土地の暮らし」

トキの実家で描かれるしじみ汁は、単なる「質素さ」の記号ではありません。
宍道湖の恵みを日々の食卓にのせる、土地と暮らしの結びつきを象徴します。
洋食の華やかさと並べることで、ばけばけは「贅沢/質素」の優劣ではなく、
同じ時代に併存した食文化として見せています。


当時の価格はどう見る?|断定せず「桁感」と現在価値の目安で読む

明治期の外食の話で読者が気になるのは「結局いくら?」ですが、
地域・店格・年代で価格は動きます。
ここでは細かな金額を断定せず、文化の距離感をつかむために
“桁感(どれくらいの負担感か)”を置きます。
そして必ず、現在価値の目安も併記します。

現在価値の換算は指標(米価・賃金など)で揺れます。ここでは読みやすさを優先し、
明治の1円=現在約2〜3万円(目安レンジ)
1銭=約200〜300円の感覚で併記します。
「正確な料金表」ではなく、当時の負担感を想像するための目安です。
外食の“距離感”をつかむ目安(断定ではなくイメージ)
食の場 当時のイメージ(目安) 現在価値の目安 文化としての意味
そば屋 1銭台の世界 約200〜300円台 町の日常、用事の途中の食
寿司(町の店) 数銭〜十数銭の幅 約800〜3,000円前後 少し背伸びの外食、もてなし
洋食(倶楽部・洋食店) 店格が体験を決めやすい 数千円〜の体感になりやすい 新しい作法と空間の文化
ワインなど洋酒 飲み物以上に「場」の記号 数千円〜の体感になりやすい その場に属する象徴

※価格は地域・店格・時期で変動します。ここでは「文化の距離感」を掴むための整理です。


まとめ|明治23年(1890年)の外食文化は「場所」で意味が変わる

要点まとめ
  • 明治23年(1890年)頃、松江にも和食の外食(そば・寿司など)は存在した
  • 和食の外食は「町の動き」を支える日常の補助として機能していた
  • 洋食は料理以上に「場」と「作法」の文化体験として特別になりやすい
  • トキの実家のしじみ汁は、質素さではなく土地の暮らしを象徴する
  • 価格は断定せず“桁感”で捉え、現在価値の目安も必ず添えると読みやすい

ばけばけの食卓は、単なるグルメ描写ではありません。
家のしじみ汁、町のそばや寿司、そして洋食店のビフテキとワイン。
それぞれが同じ明治23年(1890年)前後に並んで存在したからこそ、
登場人物がどこに身を置き、どんな空気の中で言葉を交わしているのかが、より立体的に見えてきます。

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