ばけばけの時代、中学は誰が通えたのか
NHKの朝ドラ『ばけばけ』は、物語の中心年代が
明治23年(1890年)前後に置かれています。
作中では「中学」「中学教師」といった言葉が自然に登場しますが、
現代の感覚で見ると、少し引っかかる部分もあります。
明治時代の「中学」は、今と同じ学校だったのでしょうか。
明治23年(1890年)前後、中学は義務教育ではありません。
当時の中学は「旧制中学校」と呼ばれる進学制の学校で、
学費がかかり、通えるのは限られた家庭の子どもだけでした。
ばけばけの舞台となる年代
- 明治8年(1875年):トキ幼少期
- 明治19年(1886年):トキ18歳
- 明治23年(1890年):物語の中心年代
- 明治24年(1891年):物語後半
この記事で扱う「中学」は、
明治23年前後に存在していた旧制中学校を指します。
現在の中学校とは、制度も役割も大きく異なっていました。
明治時代の学校制度の全体像
- 小学校:義務教育(ただし就学率には地域差がある)
- 中学校(旧制中学校):義務ではない進学教育
- 高等教育:さらに一部の人のみが進学
明治政府は近代国家として教育制度を整えましたが、
誰もが中学まで進める社会ではありませんでした。
中学は、将来の官僚・教師・知識人を育てるための教育段階です。
現代の「中学=全員が通う学校」という感覚で見ると、
ばけばけに登場する中学は実態より身近に見えてしまいます。
当時の中学は、進学そのものが一つの選別でした。
旧制中学校はどんな学校だったのか
旧制中学校は、現在の中学というより、
進学希望者向けの選抜校に近い存在でした。
- 入学試験がある
- 修業年限は5年
- 漢文・英語・数学・歴史などが中心
- 基本的に男子中心(地域差あり)
同じ町に住んでいても、
中学に通う子どもと、そうでない子どもが自然に分かれます。
作中で「中学に通っている」人物は、
学力だけでなく家庭環境にも恵まれている存在と考えると、
描写の重みが分かりやすくなります。
学費はいくらかかったのか
旧制中学校には、明確な経済的な壁がありました。
- 授業料:月1円〜2円前後
- 教材費・制服代・寄宿舎費:別途必要
当時の1円は、現在価値で
およそ2〜3万円程度とされることが多く、
授業料だけでも月あたり数万円規模の負担感になります。
年間では数十万円相当となり、一般的な農家や労働者の家庭には重い出費でした。
中学進学は「勉強ができるか」だけで決まるものではありません。
子どもをすぐに働き手にせず、学費を払い続けられるかどうかが、
進学を左右していました。
中学に通えたのはどんな家庭か
明治23年(1890年)前後に中学へ進めたのは、
学費を支払えるだけでなく、
子どもを家業や労働の中心に据えなくても成り立つ家庭です。
- 一定の蓄えや安定収入がある
- 家業の担い手が他にいる
- 教育を将来への投資と考えられる
ばけばけの時代に「中学に通っている」という事実だけで、
その人物は地域の中でも将来を期待された存在として
見られていた可能性が高いと言えます。
まとめ|ばけばけの「中学」は今とはまったく違う
- 明治23年前後の中学は義務教育ではない
- 旧制中学校は進学制で、入学試験があった
- 学費負担が大きく、通える家庭は限られていた
- 中学生は「選ばれた進路」の象徴だった
この背景を踏まえると、
作中で語られる「中学」という言葉が、
現代よりもずっと重い意味を持っていたことが見えてきます。
ばけばけを見るときは、
「中学=当たり前」ではなく、
「中学=選ばれた進路」として捉えると、
人物の立場や距離感がより鮮明になります。

